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2010年5月29日 (土)

“わかること”“わからないこと”

  Dsc01355


ずいぶんと長いこと生きておりますが、A“よくわかること”・B“まあまあわかること”・
C“あまりわからないこと”・D“ぜんぜんわからないこと”の四段階に分けますと、
CとDだらけで、これからどうやって生きていこうかと思う今日この頃?です。(苦笑)

具体的に言いますと・・・
社会情勢・経済情勢などの、先行き関連。
これは、まずCかD!!
同じ先行きでも、ペナント・レースなどの予想は、このところAかBが多い。
(出来れば、これこそCかDであって欲しいものです)

当たり前の話かも知れませんが、過去はだいたい“わかります”よね?
しかし、未来は予知するしかないから、“わからない”
・・・とまあ、言えそうですが、
人間の歴史は、心と運命が作り上げてきたものですから、
それぞれの人々にインタビューでもしない限り、本当のことは“わかりません”
(織田信長や坂本竜馬に、心霊インタビューをしてみたいものです・・・)
まあ 仮にそれが出来たとしても、「本能寺の変」「近江屋事件」までは自身、“わからなかった”でしょうね?

歴史には、未来とはまたちょっと違った、独特のロマンがあり、想像力をかきたてられます。未来よりは、具体性がある分、立体的な夢があるかな?
あなたは “抽象的な夢”と“写実的な思い出”
どちらがお好きですか?
私は“シャボン玉のような夢”も“油絵のような思い出”も・・・どっちも好きです。(笑)

人間には、それとは又別に、“わかって欲しいこと”“わかりたいこと”というのがあると
思うんですが、自分自身、それが人一倍強いような気がいたします。

私は、結構“教えたがり”で、ニュース・新聞などで“心に訴えるもの”があると、
人に伝えたくなって仕方がなくなります。
そこで、「えーそうなの!」「うそっ!」・・・と会話が弾み、感動のシーンがくりひろげられれば最高なのですが・・・
伝えた相手にとっては、さほと“心に訴えるもの”がなく、私の思惑は見事はずれ、
期待したような状況にはならないことが多い・・・かな?

その“心に訴えるもの”
そのひとつの手段として、“歌”があるわけですが、
歌の宅配便を毎回やっていると、いつも感じることがあります。
野球のゲームに例えると、望むのはいつも“パーフェクト・ゲーム”
(無理は承知のバカ大将 アハハ)
歌の宅配便で歌っている時だけ、人間・人生・心・運命・自分・・・
そういったことがBかAくらい“わかりかける”ことがあるんですけど、
帰り道に、どっかに落っことしてしまうんでしょうか?
また “わからなく”なってしまうんですよ。

むずかしいことは“わかりません”が、むずかしいことを“わかりました”と
思わせることが、ひとつの私の目標。

歌を作るという作業も、突き詰めれば同じなんでしょうけど、
まだ 発展途上???
いつもいつでも敗戦投手。(泣)
心めがけて投げ込むも、気がつけば大量失点のKO続き!!
「お前なんか 辞めちまえ!!」
スタンドの罵声が 心に痛い。
「愚痴は言うまい 嘆くまい これが男の生きる道」

・・・・・・・・・・・・
この話、オチをどこへ持っていこうか?
思案を重ねるが・・・結局・・・“わからない”

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