2006年11月24日 (金)

売れない作曲家 作品集 地名ソング Vol 3

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 今まで作った地名ソングは、前述の6曲の他に「もりおか100年讃歌」「壱岐の島情歌」「白河旅情」「西海の街」「この故郷で」「小諸恋しや」「内灘海物語」「横浜トワイライト」「京の夕暮れ」「浪花・大阪・そして未来」「金沢~愛があふれる郷」「We love KOBE」・・・などがありますが、半分くらいは譜面と歌詞を引っ張り出さねば、歌えそうにありません。

その集大成として生まれたのが、現在住んでいる横浜市都筑区の区民の歌となっている「夢の都筑」
この歌も都筑区誕生から2,3年した頃、区民の歌募集というチラシを、友人のマンションで見つけ生み出した歌です。
募集のチラシを見た時、直感で「あっ、これでやっと金賞だ! だってオレ 地元だもん!」と浅はかにも思いました・・・

モチーフは単純明快。
こんどは図書館も必要なし。
普段見慣れた、港北ニュータウンの風景・・・そこで暮らす人々・・・
つまり自分達自身を描けばいいのですから。
そして録音を済ませ(タイトルにも詞・曲にも、ある程度の自信が)応募・・・あとは結果を待つだけ。
ところが、そこからが大変!!
「果報は寝て待て」とか「人事を尽くして天命を待て」とか言いますが、自分がいかに人間が出来ていないかを思い知らされました。

・・・人間って、最高か最悪の結果しか考えないんですね!!
長島さんと野村さんの違いって、そこだと思いますが、応募後は長島さんから野村さんに我が心が変わっていくのです。
「落ちたらどうしよう? 今までは地方のコンテスト・・・駄目で元々。でも地元で駄目だったらショックは大きい?」
さらには、「ちゃんと届いてるだろうか?」そんなことまで心配になってくる始末。

・・・しかし運命の女神は、こんなアホの私を見捨てなかった。
「審査員の皆様、その節は本当にお世話になりました」
今でも思いますが、一人一人お会いして、御礼を述べたい心境です。

「夢の都筑」は、私版の他に、アレンジされたクラシック・バージョン、ジャズ・ヴァージョン、フル・オーケストラ・ヴァージョン等があります。
また混声合唱団「夢のつづき」というグループもあり、区民まつり、コーラスのつどい等では定番となっております。
また区役所のエレベーターでは、ささやかに流れています。
私自身も、地元の歌の宅配便、イベントでは名刺代わりに必ず歌います。

「夢の都筑」

どこまでも広い空 緑萌える大地
吹き抜ける風 めぐり来る季節
人々は集い 街が生まれ
愛を育み 未来(あす)へと伸びる道
あなたとわたしが 夢の続き
追いかける そんな街
横浜 ラララ都筑 ここは我らが故郷
試聴はこちらで!

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2006年11月12日 (日)

売れない作曲家 作品集 地名ソングVol 2

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 17、8年前になりますか(まだ我が家に 愛犬 故“すみれ子”もいない時代・・・思えばずいぶん昔ですが・・・)
市制100周年記念 全国イメージ・ソング公募というのが結構ありました。
「我が街 高岡」に続き、公募ガイドで見つけたものをいくつか応募。

例えば「まっこと高知の名物讃歌」「遠い地平線」「ふるさと・米沢・私は旅人」という歌があり、どの程度の評価をいただいたかは、全く定かではないのですが結果は落選。
ただ米沢の歌は、自分でも気に入っており、私自身の愛唱歌の一つになっています。(世界で、私とカミサンしか知らない歌ですが・・・)
特に2番の歌詞が好きです。

「ふるさと・米沢・私は旅人」 

密やかな愛を こけしに刻み
恥じらい染めた 五色の着物に包む
ぼんぼり祭りに 雪明りがさし
昨日の涙が光って 明日に微笑む
古いお寺の 鐘の音聞いて
いつか又訪れる その日夢見て
ふるさと・米沢・私は旅人

そんな時、またしても幸運の女神の訪れが、数年の間に2回ありました。

九州、佐賀のイメージ・ソング「あなたと佐賀と楠と」(平成元年)と
平安遷都1200年記念の「未来(あす)への願い」(平成6年)の2曲で、
前述の「我が街 高岡」同様、銀賞をいただきました。
(ちなみに金賞は、判で押したように 地元の方でした・・・)

京都の歌は、わりとすぐ出来た?という気がしますが、正直、佐賀には参りました。
図書館の百科事典も、ほんの数行・・・(苦笑)
その少ない資料の中から、・・・樟(くす)の都とよばれる佐賀市・・・というのを
モチーフに、歌作り。 
それぞれ発表会には、佐賀、京都へお招きをいただき、表彰状をいただきました。

当時、ギター伴奏の仕事ばかりで“歌を忘れたカナリア状態”だった私にとっては、密やかな自信と、ほのかな希望を与えていただいた出来事でした。

「あなたと佐賀と楠と」

そよ風に誘われて あなたに寄り添い歩けば
城跡のお堀に遊ぶ 水鳥もささやく愛の詩(うた)
栄えあれ 樟(くす)の都 佐賀の街は
あなたと出逢った 想い出の街

「未来(あす)への願い」

古(いにし)への風に吹かれ 旅人は微笑み
川のせせらぎに やすらぎ求め たどる道よ
永遠の時の流れの中で
人は漂う・・・漂う小舟
真実が導く 愛の都
京(きょう)の街は 未来(あす)へと続く 

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売れない作曲家 作品集 地名ソングVol 1

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いろいろ歌を作ってきましたが、だいたいは2番せんじというか、誰かの物まね?
・・・つまり、本家にはぜったいカナワナイ!!
そこで自分だけの世界、自分らしい歌。
そういうモノを追求したくなるわけです。

まず、子供の頃から好きだった地理、プロ野球を歌にしようと考えたわけです。
プロ野球ソングは後日紹介するとして・・・
以前紹介した、幸地 愛子さんの歌った「長崎地図便」「佐世保物語」が、きっかけとなり、“ご当地ソング”とは、ちょっと違う“地名ソング”を作りました。

その第1号が、市制100周年 全国公募と銘打った、富山県高岡市のイメージ・ソング 「我が街 高岡」です。
今もあるか定かではないのですが、「公募ガイド」という月刊誌を本屋で見つけ、目を通していたら発見したわけで・・・瞬間「あっ これなら出来る」と直感したのを覚えています。

行ったこともない街の歌を、どうやって作るか?
いや、もともと歌作りは空想の世界の産物。それをどうやって自分のスタンスに近づけ、聞き手のハートをくすぐるか・・・の問題。
・・・なんちゃって、実は図書館の百科事典にお世話になりました。
これでもう百人力!!
もうすでに、私は高岡の住民。(地元の皆さん、厚かましくてごめんなさい)

「我が街 高岡」

我が街に 吹く 春風 緑
我が街を 彩る 秋 紅葉
雨晴の海に 立山を望む
夏の旅人に やすらぎ そよぐ街
季節は移ろい 人々を誘う
高岡の街に・・・            ※ 雨晴・・・あまはらし と読み
                           高岡付近の海岸の地名
                    (こんな所に図書館効果が出ている)

この歌は幸運の女神のおかげで、全国公募ベスト10に選ばれ、高岡の市民ホールで行われた本選に出場ということになりました。
コンテストでは、ヤマハのバンドが付き、歌手もお任せくださいということだったが、私はその頃あまり人前で歌うことがなかったのに・・・
あえて、自分を歌い手として選んだ。
言わば古田監督の「ピンチヒッター 俺」というやつである。

そして結果は・・・
2等賞の銀メダルであったが、私としては初めて書いた“自家製地名ソング”が賞をいただいたということでも、大感激。
(ちなみに金メダルは、地元の女の娘でした)

この歌には、もう一つ忘れられぬ思い出があります・・・
こんな“売れない作曲家”のダメ息子を、こよなく愛して、たくさん酒をふるまってくれたお隣の石川県在住の、カミサンのオヤジはじめ、家族がみなかけつけてくれました。
その中での受賞。
初めてオヤジに喜んでもらえたことが、大変心に残っております。

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2006年5月20日 (土)

売れない作曲家 作品集④

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 (Part 1) 再び昔の自作を紹介させていただきます。(今回はちと長いですけど、時間があったら読んでやって下さい)いずれも、友達とやっていたバンドのオリジナル曲としてよく歌ったので、今でも歌えと言われればすぐ歌えます。(まあ、言われるわきゃないか!)
「燃えつきた夢」・・・どこへ行こうこれから 二人だけで
           何のあてもない 二人の道
           星も消え 太陽も 消えた空を
           見上げ涙ぐむ あなたが愛しい
           喜びと悲しみの 境にある幸せ
           二度とは来ない今日を 生きる・・・生きるむなしさ

(駆け落ちをする二人をモチーフにしたのですが、よく考えると この時点で燃えつきちゃいけないよね?)

「天国と地獄」・・・昨日の微笑も 今日は風の中
          何故だろう? あなたのささやきが
          今は彼方で ふるえているだけ
          天国と地獄は となり合わせ
          そして僕の心に 住みついているらしい

 (どうにも心を掴みきれない彼女。おかげで僕の心は天国と地獄を行ったり来たり そんなマイナー・ポップスです。)

20才を過ぎると、自分なりのパターンが出来てきます。
それが私の場合、言い出せない・・・相手の事を考えて自分が身を引いてしまう・・・
このパターンに終始します。それも自分では“健さん”を気取っているのに、実は“寅さん”であることに気づかない。でも実際、実体験でもそういう事は多々ありました。
それもつい最近まで・・・(分かるでしょ?泣)

「さよならも云えずに」・・・夜の闇にまぎれ ただひとり
              汽車に乗る あなたの影
              うつむいた横顔をよぎる 
              吐息はもうすでに白い
              やがて長い冬が 二人の
              道を閉ざしてしまう
              心の中を 吹き抜けてゆく
              北風は いつも後姿
              見送る人も まばらな 夜のホームに
              ベルの音は 響くよ
              もう何も 云わない
              遠ざかる 遠ざかる あなたの背中に
              ・・・幸せを 祈るだけ

(都会育ちなのに、何故か歌を書くと“田舎の純朴な少年”になってしまうのです・・・
 この歌は、ある女性歌手用にと、何度も書き直され、ついにはタイトルまで変更となったり・・・
 また違う女の子のボーカルでスタジオ録音されたり、私のファースト・アルバムではまったく違うアレンジのヴァージョンがあったり・・・と波乱万丈の一曲です)

(この歌の姉妹編みたいな作品があります。この歌も見事にPure country boyです)

「淋しがりやのあなたに」・・・冬のなごりを残した道
               いつしか小さな駅へと続く
               寒い夜明けの プラットホーム
               はぐれた子犬が 駈けてゆく
               改札抜ければ あなたはもう
               都会の人のよに 見えてくる
               風に震える その肩を
               抱き寄せる 術もない
               この街 好きだよね?
               二人の 故郷だもの
               さよなら・・・淋しがりやのあなたに
               さよなら・・・もう一つの春まで
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 (Part 2)この間書いた「ある出逢い」での芝居の話ですが、タイトルは「傷だらけの踊り唄」(“きずだらけのブルース”と読みます)といって、ストーリー自体はよく思い出せません。
確か、人生劇場の飛車角、鉄腕アトム、マッチ売りの少女・・・などが登場するオリジナルの話でした。
まあそれはともかく、初め台本を見た時、ラストに書かれていたセリフではない“詩”に興味を覚え、演出家の先生に聞いたのです。
「この詩に曲をつけたいのですが、いいですか?」
先生もびっくりしたでしょうが、事の成り行きで、まあそういう事になったわけです。

もともと私は、劇団の中で劇中の音響、効果音楽等も担当してたし・・・
まあ、詩を見た時、無性に創作心が騒いだんでしょう。
家に帰って、ギターですぐ曲をつけました。
イントロも決まり、劇団の皆に聴いてもらったら、先生も含め気に入ってもらえたようで、芝居のラスト・シーンで歌うこととなりました。
そんな訳で、それから芝居の稽古だというのに、ギターを抱え日参することに・・・

だから、第3の女に初めて逢った時から、私は役者ではなく、ギターを抱えた“売れない作曲家であり歌手”だった。(それが どうした?)
・・・いや、どうした?と言われるとつらいが・・・(汗)
あの時、あの歌がなかったら、どうだろう?
第3の女は、ほとんど私に関心がなかった。
(後で聞いた話だと・・・“軽~い男”と思われていたし)ただ、「あれはいい歌だ」と“歌だけ”は認めてくれたらしい。
つまり、あの歌がなかったら私との関わりは多分、点だけ。
芝居でなく、歌がかろうじて点を線に繋げてくれた・・・。
後で考えると、そんな気がするわけです。
松本清張ならぬ、“元々C調”ってとこか。
(あ、もしかして、C調って言葉、死語?)

♪  ただひとり生まれる ことに始まり
   ただひとり死ぬことによって
   終わりを告げる 人生が
   愛によって はじめて 意味を見出し
   愛によって 生きる喜びを知る
   だが この世に別れが ある限り
   人生は孤独で あることに変わりない
   旅人よ 涙流さず 歌いながら行け  
   いつか又 めぐりあう 人生がある限り ♪

この歌が、今でも時たま歌う「夢人よ~天国からのメッセージ」の元歌である。

思わせぶりな“第3の女”は、自分がアルバイトでやっていた色んな所のデパートの“休憩時間”に私を誘うようになる。(終了時間でなく“休憩時間”である)
つまり、暇つぶし・・・
ただそれだけのために、私は渋谷・新宿・池袋とさすらいを続けるはめに・・・
しかも、知り合いには「あ、この人“3番目の彼”だから」とよく言っていた。
この頃、私は完全に“フーテンの茂ちゃん”を演じていた。
「いやー、やっぱり男はちらいねェ」

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2006年4月24日 (月)

売れない作曲家・作品集②・・・青二才

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 若い頃は気づかないが、創作物はその人自身であることを、ある時思い知らされる。
チャップリンもピカソも夏目漱石も岡本太郎も黒澤明もジョン・レノンも・・・
表現する手段は違えども、作品はその人、つまり”歩んできた人生”を反映する。
自分の生き様をいかに、どこまで吐露できるかがカギとなるわけで・・・
その意味で言うと、歌を作り始めた頃の私の作品は、一言で言うと「修行が足りない!」
・・・ハイそれまでョ。
多分10代の頃作った自作で、覚えている歌は2、3曲しかない。
「何のため」とか「誰のため」とかほとんど骨子がないので、クラゲみたいな詞ですかねえ?ハハハ
ではその2,3曲の、おぼろげなる記憶を辿って---
♪「はるかなる故郷」
・・・想い出の城跡に登れば
   はるかなる故郷は ???に霞む?
   (すんません・・・思い出せない? 東京生まれのシティボーイなのに・・・
    このドン臭さがたまらん・・・へへへ)

♪「ためらい」
・・・わずかなためらいが 僕の運命(さだめ)を変えた
   あの時せめて 一言でも 云っていればよかった
   こんな過ちを 幾度繰りかえすのか?
   いつか来る幸せ 僕は一人祈る・・・
   (はい、オソマツでした・・・まあ当分過ちを繰りかえしそうですねぇ・・・ヒヒヒ)

♪「今さらひとりで」
・・・昨日あなたが 云った言葉が
   僕はまだ 信じられない
   あなたの気持ち 誰より強く
   感じてる この僕なのに
   あなたがいればこそ 歩いてきたこの道
   今さらひとりで 行けというのか?
   (いやぁ 軟弱ですね・・・この少年、その後の人生大丈夫でしょうか?ホホホ)

以上です。大変失礼いたしました。ハイどうも・・・

(隣でカミサンが、クサぁ!って言ってる)

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売れない作曲家・作品集③・・・And now

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  実を申しますと、この1年歌を作っていませんでした
平成17年に作った歌は、全3曲・・・それも全部、ある方から依頼されて作ったものです。(それは後日、掲載するとして・・・)
久しぶりに、自分の意思で“産まれた歌”があるので、紹介させていただきます。
広井 顕真 最新作です。(まだ、詞と曲だけで、アレンジ、録音は思慮中) 

♪「愛しのすみれ子」 (上の写真、もしくは[AD-SIZE]をクリックして下さい 生き返ります)


哀しさこらえる 術もなく あふれ出る涙
※ とめどなく 駈けめぐる思い出
・・・それが 愛の証し ※
 
はじめて逢った時に“なつかしさ”
何故か覚えた 不思議な出逢い
はるか遠い 昔どこかで
一緒にいたのさ 僕らはきっと

その寝顔を見てると この世界の
すべての苦しみは 溶けゆく 夜空に
抱きしめれば もう何も
“恐れ”などなかったね 僕らの夢に

寂しさこらえる 術もなく 宙を舞う心
※ ・・・くりかえし・・・ ※

いつの日か突然に “別れ”は来ると
知っていたのさ 限りある運命(さだめ)
だけど遠い 未来どこかで
巡りあうのさ 僕らはきっと

生命(いのち)を引き止める 術もなく 見送る魂
忘れない おまえと 心重ねた日々を


(どこまでも果てしなく、ドップリとメメシぃな)060424_152901

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2006年4月16日 (日)

売れない作曲家 作品集①・・・邪馬台国

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 妻は私の事を”売れない作曲家”と呼んでいる。
実際そうなのだから、反論する気はさらさらないが、このネーミング・・・まんざら嫌いでもない。 私の”陰のあだ名”として長年の付き合いとなっている。

さて、古い話で恐縮ですが、初めて歌を作ったのは、今を去ること40年前・・・若大将にあこがれ、ウクレレで「君といつまでも」、ギターで「夕陽は赤く」
(「蒼い星くず」はテンポが速いし、B♭が入ってたので難しかった)を弾きはじめてから1年余りしての、高校1年の時だと記憶しております。
文化祭だったか何かで、バンドを組み、何曲かレパートリーを揃えた際、大胆にもオリジナル曲を作ったわけで・・・まあ、当時流行っていた「想い出の渚」と「いつまでもいつまでも」を足して2で割ったような歌で、作曲に苦労なんてまるで感じなかったですね。
まあ怖いもの知らずの強み、というよりそんな次元の歌ではなかったのでしょう。
ちなみに、タイトルは「一人ぼっちの冬」
・・・春の日に 春の日に 君と二人で歩いた小径も
   今は枯葉の 散る小径さ
   そんな小径を 一人歩けば
   思い出すのさ 君のことを・・・(作詞は、百束君という同級生です)

まあ、忘れもしないで、スラスラ出てくるんだから不思議ですね。
今でもギター渡されれば、すぐ歌えます・・・まあ歌うこともないだろうけど(笑)
どっちにしても、処女作なんだから、記念の作品といえばそういう事にはなる。
だって、2曲目から数年間の作品は全然・まるで・まったく覚えてな~い・・・
もっとも私は、作詞が苦手で、いつもデタラメ英語で歌を作っていたハイティーン・エイジ。
譜面なんてまるで書けなかったから、記録も記憶も邪馬台国のように謎のままです。
・・・すいません。誰も発掘したい人なんていませんよね。

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