2007年2月23日 (金)

日本風土記⑥

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尾張 名古屋は 城で持つ
 終わり名古屋は 歌を待つ

これから 世にも不思議な話を書きます。

日本の都市の中でも 指折りの人口を誇り、京浜・阪神に次ぐ大都市圏
中京地区の中核を成す街ー名古屋

・・・だが・・・しかし・・・
何故か 名古屋に有名な歌がない!!

こだわりを信条としている私は、そこで一生懸命考えたわけです。
・・・が、どうも よくワカラナイ。
ただ 作り手の立場になって考えると、名古屋の歌というのは どうも作りにくい。

ちなみに 各街のヒット曲を、名古屋に変えてみよう。
「恋の街 名古屋」「名古屋城恋歌」
「名古屋の夜は更けて」「ブルーライト・ナゴヤ」
「名古屋しぐれ」「そして名古屋」「名古屋は今日も雨だった」
・・・ウーン どうもイマイチしっくりこない??

名古屋といえば、中日ドラゴンズ 大相撲名古屋場所はあるし、
人物で言えば 戦国の3大英雄、信長・秀吉・家康は 
いずれも中京地区の出身。
話題には事欠かないはずである。

・・・だが 待てよ。
皆 京都・大阪・江戸に散らばって(?)しまったし・・・
ウーン 他に名古屋のイメージは???

「ハヤシもあるでよ」の名古屋弁
パチンコ ういろう きしめん みそカツ・・・
名所は、名古屋城 100メートル道路・・・

東京の 圧倒的な物量に、太刀打ちは出来ないし、
大阪の 人情話もないし、京都・鎌倉などの歴史もない、
そして 横浜・神戸・長崎のエキゾチックムードもない。

だけど そんな名古屋に誰がした?

最近では 愛・地球博の成功、落合ドラゴンズの優勝と
活気を見せている名古屋の街。

ウーン どんな歌が似合うんでしょうか?

皆さん 一緒に考えてみて下さい。

「名古屋音頭」「名古屋サンバ」「名古屋旅情」
「想い出の名古屋」「名古屋物語」「ふたりの名古屋」
・・・・・・???

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2006年9月21日 (木)

日本風土記⑤

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こよなく晴れた青空の 長崎は昨日も雨だった?

幸地 愛子さんの話が出たので、九州 長崎を紹介したいと思います。

長崎にはその昔、縁も所縁もありませんでした。
何故かあこがれを持っていた私が、初めて長崎を訪れたのは、確か20数年前の夏・・・
(何を隠そう、実は新婚旅行で行ったんですけど)オランダ坂、グラバー亭、天主堂・・・想像していたとおり、日本、中国、オランダの歴史が、程よくチャンポンされた独特の風情は、他の街では味わえぬものでした。

それに坂道と海と夜景の素晴らしさ。
それでいて、ひそやかで儚げな哀しみが漂う長崎の街・・・

幾度も歌に歌われただけあって、本当にロマンティックです。
情緒があるからドラマが生まれ、それが又ロマンを増長させるのでしょう。
この“ロマン”こそ、歌の生命ではないでしょうか?

ただし、長崎は特に雨が多いわけでもないし、長崎から船に乗って神戸に着く船もないそうです・・・
それはそうとして、長崎ほど歌謡史にその名を刻んだ街も珍しい。

旅に良し、歌に良し。
そして、流行や移り変わりの、決して似合わない“そんな街”長崎はずっと長崎であり続けて欲しいと願います。
・・・いつか又訪れることがあったなら、こよなく晴れた青空の下で平和の歓びを、歴史の風に吹かれ、かみしめてみたいものです。

 長崎地図便(ながさき マップびん)

肩をつついて ふざけあった約束
旅をしようね いいね いつか
笑った口元 気づいちゃいない
オランダ坂 グラバー亭
小雨の傘が 二人に似合うさ
多分耳元に イコール・ラブ・イズ・ナガサキ

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2006年7月31日 (月)

日本風土記④

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京の夕暮れは 静かに暮れ行く・・・

 初めて京都へ行った中学の修学旅行以来、私は京都に魅せられている。
京都の魅力は、私などが述べるまでもないので割愛させていただくが、現代風に云えば
「日本史のパノラマパーク」が京都である。

私が特に好きなのは、歴史の影、時代の風を直接肌で、心で感じられる事。
又、街のどこからも山並みが見える・・・あれがいい。
海に沈む夕陽もいいが、山の向こうに広がる夕焼け、そんな時ゴォーンと鐘の音。
・・・いや、たまらないほどの情緒である。
そして夜景も又素晴らしい。
将軍塚という小山から望む、碁盤の目のように整った京の街。
忘れ難い夜景である。

歌もまた豊富だ。
代表的なものに「女ひとり」「京都慕情」「京の夕暮れ」(すいません・・・ 私の歌です)がある。
ところで京都には旅人がよく似合う。「女ひとり」の女性もきっと旅人に違いない。
・・・いや そうに決まっている! そうでなくてはいけない!
儚げで憂いを秘めたその後姿に、言葉すらかけるのをためらわせるような、そんな旅人・・・。
と、想像たくましくするもだが、必ずしも街と人物のイメージは一致しないようだ。

清水の舞台から飛び降りたつもりで告白するが、私の知人の京おんなは残念ながらE子さんだけである。したがって京都と聴いただけで、どうしても個性的な彼女を思い浮かべてしまう。
・・・どう個性的かと云うと、声がバカデカく、大口を開けて笑い、性格は開けっ広げで、ガラッ八である。
彼女が、恋に疲れて大原、三千院を散策するのは、私にはどうも想像できないし、出来れば勘弁していただきたい。

「京の夕暮れ」  作詞 作曲 広井 顕真

♪ 清水へ続く長い石段は 想い出をたどる心の葛折り
  行きかう人は いつも変われども
  ただよう風は あの日のまま
  京の夕暮れは 静かに静かに暮れ行く
  もしかしたら この町で 
  失くした恋を あきらめられるかも知れない ♪

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2006年5月10日 (水)

日本風土記③

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 沖縄よいとこ 一度は行こう

 沖縄の離れ小島のリゾートホテルで、弾き語りの仕事をやらないかと誘われ、丸一ヶ月現地に滞在したことがある。
コバルトブルーの海と空にひかれ、あっさりと引き受けた。・・・が、しかしそれが“若気の至り”と気づくのに三日とはかからなかった。
開放感と潮風、独特の南国情緒。「ああ いい所に来たな。俺は生きているんだ!」
(・・・そういえば、那覇に降り立った時、花粉症が治っていた。これ本当!!)
そんな気分を現実に戻してくれたのは、あまりにも強烈な直射日光(ちなみに「30分以上日光浴をしないで下さい」という話・・・)、スコール、雷鳴、ヤモリの合唱、「ハブにご注意!」の看板。

それも初めは新鮮だったが、次に襲ってきたのが都会育ちの哀しさか?
何と“ホームシック”
何しろテレビはNHKだけ、新聞は一日遅れ、島の中に・・・屋と呼べるような店もない。
(それもそのはず、ここは“それが売り”の人里離れたリゾート・・・)
おかげで暇な時?(朝から夕方まで)は、島の端までジョギング、疲れて帰れば昼寝・・・まるでロビンソン・クルーソーの気分。

そんな私を見かねてか、ある人が沖縄ソングのカセットを貸してくれた。
これがなかなか素晴らしい。
「芭蕉布」「ゆうなの花」「てんさぐの花」など、孤独だった私の心に染みた。
沖縄の風土、歴史、人間性が、シンプルな歌の中に詰まっていて、歌の原点を教えられた気がした。

そういえば沖縄は、いつから日本なのだろう?
悲しい太平洋戦争後の返還の話ではなく、もっと昔の話であるが・・・ちなみに文献によると、17世紀、琉球王国は薩摩の島津藩によって武力制圧。
1879年、明治政府は武力を武器に首里城明け渡しを命じ、沖縄県を設置・・・とあり。(ウーン 人間の歴史は、イコール権力の歴史でもある・・・)

やがて孤独感からも解放され、帰る直前には、身も心も南国人になっていた。
その証拠に、帰京した時の自分の写真を見ると、そこには確かに“東南アジア系の若者”が映っている。
それに沖縄は、前述の“第3の女”から、“その後の我が人生を一変させるような嬉しい電話”をもらった思い出の地でもある。060510_224601001060510_224501001

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2006年4月23日 (日)

日本風土記②

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♪ 鉛色の空に 想い出のかけらが舞い踊る 小松の街 

石川県小松市と聞いて 何を思い浮かべますか?
空港?日本海?安宅の関(義経・弁慶・勧進帳)?温泉の近く?金沢の近く?
・・・まずそのくらいだと思いますが、実際他に目ぼしいものはありません。
(ちなみに、ヤンキースの松井 秀喜は、小松の隣町の出身です)

初めて小松を訪れたのは、20数年前。
1月だったので、東京で生まれ育った私は、北陸石川の雪景色に圧倒され、
太平洋側とはうって変わったどんよりとした雲に、憂いを覚えた。
本当に”裏日本”とはよく言ったもので、つくづく日本の広さを実感したわけです。
・・・話はそれますが、東京を離れ、電車で風景を見ていると、相当山奥へ行っても”人家がとぎれない事”に驚かされます。
小松へは飛行機で行ったのですが、中央アルプスの山中にも、結構人家がポツポツと見えます。
そして日本海に一度出てから、旋回して小松空港にダイナミックな着陸をいたします。
私は乗り物に乗ると、必ず窓際に席を取ります。
目を皿のようにして、風景を見ては”物思いに耽る”のを、ひとつの”趣味”にしているので、ほとんど呆れられております。

北陸は何といっても、海の幸。
特にカニ、甘海老、その他・・・日本海の荒波にもまれた魚は絶品で、食いしんぼの私にとっては、”答えられぬ旅”となります。
「そんなにカニばかり食べると、横に歩きだすよ」・・・そんな事もよく言われたなぁ(笑)
この20数年で、多分数10回小松へ行きました。
期待にふるえ、不安におびえ、歓び、哀しみ、数多く味わった街です。
エッ?・・・何故そんなに行ったのかって?
いや実は、・・・我が愚妻の故郷なのです。
(一大決心で、プロポーズをしに行ったのに会ってももらえず、
一人ガックリと帰って来たのが、初めての来訪でしたが・・・・)

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2006年3月14日 (火)

日本風土記 ①

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♪横浜ラララ都筑 ここは我らが故郷♪

私の住んでいる横浜市都筑区・・・港北ニュータウンとして開拓され、早いものでもう10年余。
“都筑”という地名は、何でも1000年以上前からあったものが、いざ新しい区の名前・・・という時に、鶴の一声で復活したという噂がある。
それはともかく、緑の風そよぎ、自然と調和した本当に素晴らしい街である。
晴れた日には、丹沢の向こうに大好きな富士山も四季折々の姿を見せてくれる。

まあ横浜といっても本当に広い・・・
地図で見ると、東京23区とさほど変わりのない面積に気がつく。
「どちらにお住まいですか?」
「ええ・・・横浜ですが・・・」
「あーら、港の近くでいいですね」
「・・・・・?・・・・・!」
たいていの人は横浜と言っただけで、マリンタワー、ベイブリッジ、みなとみらいを連想する。
だが残念ながら、都筑からは港の灯りも見えないし、汽笛も聞こえない。
新しい街なので知名度もなく、人に説明しにくい都筑だが、とにかく住んでみると「ふるさと都筑」の良さはよくわかる。
今もなお、年々完成度を増していく、まさに21世紀のニュータウンである。
この街でいつまでも、夢のつづきを追いかけていきたいと願っている・・・
そんな今日この頃であります。

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