2007年2月11日 (日)

心の義援歌 「がんばれ!!」Vol 2

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 神戸の放送局で「がんばれ!!」が流れてから、何人かの方から電話をいただきました。
実際に、西宮の自宅で震災を体験されたという、大阪博報堂のYさんからの、「被災地で歌ってみては」・・・という提案は予想外でしたが、多少のとまどいはあったにせよ、決断まで時間はかかりませんでした。

仕事の都合もあり、被災地に伺ったのは確か ゴールデン・ウイークの頃。
もう震災から3ヶ月以上たっており、報道も途絶えがちになっていましたが、この眼で目の当たりにした傷跡は、想像以上でした。

Yさんとは挨拶もそこそこ・・・
その日のうちに、大阪・新神戸などのイベントに参加。

そして神戸の街を、西から東へ移動中の風景・・・

六甲の山沿いに広がる街は、青いカバーにほとんどが覆われていましたし、駅からホテルへの道、建物は瓦礫と傾いたビルだらけ。

翌日から、ギターを片手にYさんと、最も被害の大きかった長田地区の避難所を訪れました。

音響設備も持たず、本当にギターと歌だけの旅となりました。

2,3日の滞在でしたが、自分自身 得難い体験をさせていただきました。
「がんばれ!!」を、本当に気に入って下さり、褒めちぎっていただいた 故大田氏。

小学校で歌い終わった後、「あんた コーヒーでも飲んでいって」
・・・とわざわざ追いかけて来てくれた お好み焼き屋のおばさん。
そして何よりも、焼け野原を一緒に歩き回り、歌う場所を作っていただいたYさん。
私のような、名もなき歌手 売れない作曲家の歌を聴いていただいた皆様。

結論を言わせていただくなら、
(心の義援歌と偉そうに名づけてしまいましたが・・・)

私の歌で、人々の心を少しでも癒せたとはさらさら思いませんが、「歌には そういう不思議な力が確かにある」
・・・そんなことを感じた日々でした。

また、実を云うと 当時の私の心 我が家はある理由で倒壊寸前で・・・
「がんばれ!!」は、そんな自分自身に呼びかけた“心の義援歌”だったのかも知れません。

神戸には 数年後、またYさんのお招きで2回ほど訪れております。

5年後の復興イベント、淡路花博には、幸地愛子さんとご一緒。
ちなみに、1999年に幸地愛子版「がんばれ!!」のCD化ということもありました。

今思うと、あの時の体験が 歌の宅配便の原点となっているのは間違いないでしょう。

あれから12年 震災で叩きのめされた麗しい街は、見事な復活を遂げた
・・・しかし、傷ついた心を癒すには、永遠という時間が必要なのかも知れない。

We love KOBE
                作詞  広井 顕真

ラララ ラ・・・KOBE
ラララ ラ・・・We love KOBE
青い空 緑の山 麗し街 神戸

坂道を登れば はるかに港の船
あなたとめぐり会えた 思い出 今も胸に
やすらぎ色の 風が吹く街角
What a wonderful dream of KOBE city
生きる喜び 人の優しさ 教えてくれた
What a wonderful dream of KOBE city
この街が この街が この街が愛しい

黄昏せまれば またたく街の灯よ
生まれた夢の数だけ きらめく愛がある 
傷ついた心 癒すような星空
What a beautiful dream of KOBE city
たとえ命に 限りはあれど 希望の灯りは
What a beautiful dream of KOBE city
永遠に 永遠に 永遠に消えない

ラララ ラ・・・KOBE
ラララ ラ・・・We love KOBE
風そよぎ 水は清き 麗し街 神戸
果てしない 未来を歌え 麗し街 神戸 

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2007年1月28日 (日)

心の義援歌 「がんばれ!!」 vol 1

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 毎年、1月17日になると思い出すことがあります。

もう12年も前になりますが、あの“阪神淡路大震災”です。
テレビ報道を目にして一番感じるのは、地球規模の災害の恐ろしさと、被害に遭われた人々への哀悼。
そして、現実の状況の中で生きていかねばならぬ、様々な人生模様。

(テーマがあまりに重たいので、うまく表現できるかどうか自信がないのですが・・・)

「何故こんなことに?」
「いったいこれからどうやって?」
「もし自分の身に? あるいは身内に?」
・・・そんな事を痛切に感じさせられます。
考えてみれば有史以来、自然災害はもとより、人災ともいえる戦乱・戦争は幾度あったか知れず、その度、哀しみは心の中に降り積もったことでしょう。

そんなある日、ある方から電話をいただきました。
「あんたも歌を作るんだったら、震災に遭った人を励ますような歌を作ってみたら・・・」・・・確かそんなことを言われた記憶があります。

当時、歌作りといえば、通り一遍のラブソングしか書いていなかった私ですが、“心にあった思い”がそのまま詞と曲になって浮かんできました。

   どんなに悲しい出来事も あなただけではないはず
   目を閉じるより今は 立ち向かう勇気を
   叫びはきっと風になり 世界の心に届くでしょう
   がんばれ!!  がんばれ!!
   愛する者のために・・・
   それだけをただ 伝えたくて
   (現在歌っているものとは、若干歌詞が違います)

「がんばれ!!」というタイトルで、3日間でアレンジ・録音を済ませたのは、確か震災から1週間たった頃だと思います。

この歌を この思いを、文字通り“ただ伝えたくて”、銀座にある兵庫?神戸?の放送支局へテープを持参したところ、数日後返答が来ました。
「番組で使わせていただきたい」・・・とのことで、何日もたたぬうちに演歌の番組で放送され、蛇足ですがインタビューも受けました。

これが元で、後日神戸へ出向くなどということは、この時点では予想だにしておりませんでした。

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