2006年4月26日 (水)

When I was young②

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 今考えると、良い時代に生まれたなぁと思う。
何故って?黎明の50年代から黄金の60年代を経て、哀愁の70年代には
ビートルズがいた。プレスリーがいた。サイモンとガ-ファンクルがいた。
二ール・セダカがいた。まだ若かりしエリック・クラプトンもイーグルスもいた。
アルバート・ハモンド、アダモ、カーペンターズ バッド・フィンガー
CCR CSNY・・・

黒澤映画の全盛時代・・・
三船敏郎 加山雄三 黒沢年男 内藤洋子 酒井和歌子
(東宝系をよく見てましたね・・・実は和歌子ちゃん一筋だった。今はカミサン・・・ハハハ、一応、そう云っておかないと) 
健さん 寅さん ショーケン  
アラン・ドロン スティーブ・マックィーン チャールズ・ブロンソン ブルース・リー
オードリー・へップバーン キャサリン・ロス マドレーヌ・ジョベール

坂本九 舟木一夫 西郷輝彦 荒木一郎 森進一
ワイルド・ワンズ ジュリー 井上陽水 かぐや姫
フォークル シューベルツ 井上尭之バンド ダウンタウン・ブギウギ・バンド 

クレージー・キャッツ チューリップ 園まり 伊東ゆかり 西田佐知子
ちあきなおみ 由紀さおり トワ・エ・モア 越路吹雪 平山三紀

三原・水原 中西太 豊田泰光 稲尾和久 長島茂雄 王貞治 江夏豊
力道山 ファィティング原田 若ノ花(土俵の鬼) 朝潮(胸毛の)
玉の海(横綱在位中に急逝)貴ノ花(角界のプリンス)

東京オリンピックの“走る哲学者”アベベ 400mリレー ヘイズの”ゴボウ抜き”
男子10000mのラスト一周の”デッドヒート”
“4冠の天才スイマー”ショランダ- 重量挙げ“日本1個目の金メダル”三宅義信  
あの“成せば成る”の大松監督率いる東洋の魔女 “競技場で抜かれた”マラソン悲劇のヒーロー 円谷幸吉
メキシコの伝説 “走り幅跳びの奇跡”8m90のビーモン 常識を覆した“背面跳び”フォスベリー
マラソン銀メダル 君原健二

札幌の笠谷 ジャネット・リン ミュンヘンのスピッツ モントリオールのコマネチ
・・・まあざっと思い出しただけでも、私の胸を熱くしてくれた方々のほんの一部でした。
(敬省略)
もちろんほとんどの人は、お会いしたことがないですが(コンサート、試合観戦などは別として・・・
いや待てよ 今数えてみたら10人ほどいましたね・・・あれま!ビックリ!!)

もう40年も前になるんですねぇ・・・
友人とゼミナールをさぼって渋谷の紀伊国屋へ、この人のサイン会に行きました。
当時、人気絶頂の”若大将”・・・今でもよく覚えています。
「いやぁ、世の中にこんないい男っているんだ・・・!」というのが第一印象。

私、ギターを弾いて歌う、自分で歌も作れるという事を自由が丘の映画館で教わりました。
あこがれもむなしく、私はいまだに“青大将”のままです。
最近では“港北ニュータウンのバカ大将”とも呼ばれております。

今、隣でカミサンが、“あら、私は、“餃子の王将”が一押し!”と。
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2006年4月11日 (火)

When I was young①

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初めての記憶・・・あなたはどんな事を覚えていますか?
わたしは、おぼろげながらではなく、はっきり覚えている歌がある。
「三つ子の魂 百までも」というから、多分その頃の記憶だと思うが・・・
母の歌った「モーツァルトの子守歌」
・・・何故シューベルトでなかったのか?「五木の子守唄」でなかったのか?
それは定かではないが、ともかく
・・・眠れ 良い子よ 庭や牧場に
   鳥も羊も みんな眠れば
   月は窓から 銀の光を そそぐこの夜
   眠れ 良い子よ 眠れや・・・
この歌が、私の生涯で初めての歌との出逢いとなったのは間違いない。
(次は多分「お富さん」「月光仮面は誰でしょう」「有楽町で逢いましょう」と続く)
モーツァルトといえば「アイネ・クライネ・なんとか?」という曲を、小学校の時
サカホン(ハーモニカの兄弟のような楽器)で合奏した事がある。
非常にインパクトの強いメロディーで、今でも耳にこびりついて離れない。

二つ年上の兄は、小学生の頃すでに、ドーナツ盤を何枚も持っていた。
「ローハイド」「夢見る想い」「アイドルを探せ」・・・などで、
今考えると、兄は洋楽派 私は和楽派だったようである。
私の買ったレコードは、坂本 九ちゃんの「悲しき60才」ジェリー藤尾の「遠くへ行きたい」
そして、クレージー・キャッツの「ハイそれまでョ」・・・
このあたりにも、、性格の違いが幼い頃から兄として、弟として形成されているようで興味深い。

ちなみに父が歌っている歌を、私は父の退職の頃まで聴くことはなかった。
送別会で歌う「知床旅情」「星影のワルツ」をギターで伴奏して、教授したのが最初で最後だった。
びっくりしたのは、キーの高さ・・・私とほぼ同じ音域で、しかも森 進一もまっ青のハスキー・ボイス・・・哀愁を感じさせた歌声だった。
もう二度と聴くことはないが・・・

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